日本の2点目が、後半7分に決まった。
香川とのコンビネーションから、乾のコントロールシュートは完璧な弾道で、クルトワの指先のわずか先のゴールネットを揺らした。
2-0。呆然とするクルトワ、アザール、そしてマルティネス監督。
残り、38分。
ここから日本のサッカー史上、初めて、
「W杯で世界の強豪相手に2点リードする」という状況での戦いが始まった。
時計の針を1週間前に戻し、ポーランド戦。
賛否両論あった「ラスト10分のパス回し」だが、素晴らしい采配であった。
確かに、大きなリスクを伴う大博打であったが、突破の可能性が最も高いであろう方法に舵を取り、「長谷部投入」という明確なメッセージにより、選手がそれを完璧に遂行した。そして、日本は決勝トーナメントに進出した。
フランス vs アルゼンチンの一戦をご覧になった方は感じたと思うが、決勝トーナメントは全くの別物である。レベルが一段階も二段階も、一気に上がる。
もし決勝トーナメントに進出していなければ、今大会は(日本人が好きな)「惜しかったね」で終わってしまい、日本サッカーはまた"世界との真剣勝負"の舞台を経験できずに、これからの4年を手探りで過ごすことになっていた。(「ラスト10分のパス回し」を批判されていたにわかファンに問いたい、何が不満なんだと。)
今日、日本は"世界との真剣勝負"に挑んだ。
ベルギーは、まさに黄金世代が熟したチームで、GKから、中盤、前線にまで、各ポジションに世界で5本の指に入る名手たちが揃う、ブラジルやフランスと同じく、今大会屈指の注目チームである。
両チームともベストメンバー。
前半は攻められながらも、効果的なカウンターで対抗し、日本の試合運びは予想以上に上々であった。
後半の立ち上がり3分。目の覚めるようなカウンターから、柴崎の正確無比なスルーパスが通ると、原口が右足を振り抜く。数秒後に原口は自陣ベンチめがけて歓喜の輪に走っていた。
その5分後、乾の2点目が決まった。完璧であった。
スコアボードは2-0。残り38分。
おそらく日本の選手、スタッフ、西野監督、誰も想定していなかった2点差リードが、後半10分を回る前に生まれたのだ。
得失点差の関係ない、1発勝負の決勝トーナメント。この2点差を守り抜くという判断もあったであろう。ただベンチは動かなかった。いや、3点目を取りにいこうと思ったのだろう。チームは前への推進力を維持していて、攻撃的な選手は変える必要がなかったからだ。
しかし3点目を取りに行くのか、試合を落ち着かせるのか ------------ ピッチでの試合の進め方は、多かれ少なかれ迷いがあったように見受けられた。サッカーとは面白いスポーツで、2点もリードがあるにも関わらず、その2点が気の緩みや迷いを助長することがあり「2-0が最も危ないスコア」と言ったりもする。
あとのなくなったベルギーベンチは、2枚の交代カードを切って、194cmの本来ボランチのフェライニをルカクの横に並ばせて、パワープレーに出てくる。この大会、初めてビハインドを背負ったベルギーのなりふり構わぬ策だった。日本の最終ラインはこれで190cmオーバーの超大型2トップを同時にケアしなければならず、2列目のアザールと、デ・ブライネも含め、圧倒的な「個」を擁するベルギー攻撃陣へのプレッシャーが時間とともに後手に回るようになってきた。
そして日本の2点目から17分後、1点を返された。この時点で残り20分。
まだ1点のリード。「守りきるんだ」、または「3点目を取りにいくんだ」、どちらの選択肢も当然あった。しかし、1失点したショックを引きずったまま、5分後にそのフェライニに打点の高い同点弾を決められた。
本気になったベルギー、世界の底力を垣間見た瞬間であった。
と、同時に、日本サッカーの経験値があぶり出された瞬間にも思えた。
これまでのW杯で、強豪相手に1点のリードはあった。
2006年のブラジル戦での、玉田の先制点。(結果、1-4で敗戦。)
2014年のコートジボワール戦での、本田の先制点。(結果、1-2で敗戦。)
でも2点のリードは初めてだった。ましてや、想定"外"の残り38分。
一昨日のフランスは、4点目を奪って4-2の2点差とした時、残り20分。それ以降、完璧な試合運びを見せて試合を落ち着かせ、アルゼンチンを4-3で沈めた。
38分と、20分とでは、残り時間は当然違うものの、この試合運びが経験の差ではないだろうか。
これはチームとして、それぞれの選手に、そして監督に、経験の蓄積によりDNAレベルで擦り込まれていくようなものなのだろう。
日本の息の根を止めたベルギーの最後の完璧なカウンターは、きっと日本にとって次の4年への処方箋であり、
ベルギーに"奇跡的に"勝って、ベスト8に駒を進めて慢心するよりも良薬なのかもしれない。
長谷部、長友、本田、岡崎、川島はこの大会を最後に代表引退するだろう。乾、香川も年齢的に4年後は厳しいだろう。2022年へのチームは、柴崎や大迫らを中心としたチームに一新されることになる。
世界の強豪国のそれと比べると、80年あまり後にプロサッカーリーグができたこの国が、彼らに追いつこうとすること自体、そもそも無理難題なことではあり、日本は未だ"発展途上国"である。そんな途上国にとっては少なくとも、今大会は4年前のブラジルで経験できなかったことを経験できた大会であった。
コロンビアにリベンジし、
アフリカ最強のセネガルと互角に戦い、
結果を最優先した采配を選択し、
世界の強豪相手に2点のリードをもてた。
大会前、自信を失い路頭に迷っていた日本サッカー界にとって、自分たちの全てを出し切った、実り多き大会だったのではないだろうか。